氏名:萩野智之(TOMO) 血液型:O型
生年月日:1984年9月13日(40歳)
家族構成:4人〔妻・子供2人〕
趣味:読書・ご飯巡り・スポーツ観戦・旅行
好きなミュージシャン:甲元ヒロト・くるり
好きな芸人:ダウンタウン
得意なこと:体が柔らかい・どこでも寝れる
改善したいこと:ついついソファで寝てしまう事
好きな食べ物:カレー・お蕎麦・お寿司・スイーツ
嫌いな食べ物:なし
好きな言葉:成長と貢献
周囲から褒められること:運が良い・笑顔
自分が直したいしたいこと:他人と比べてしまう性格
将来の夢:元気な身体で世界を巡る

保有資格

・全米エクササイズ&スポーツトレーナー協会認定パーソナルトレーナー

・フィットスネス総合研究所認定プロパーソナルトレーナー

・日本タイ古式マッサージ協会認定プロフェッショナルセラピスト

・5s認定パフォーマンスクリエイターティーチャーコース受講終了

・エキスパートファスティングマイスター(7日間のファスティンング経験有り)

・NESTA認定キッズコーディネーショントレーナー

・NESTA認定バックペイン(腰痛)リリーフスペシャリスト

・MUKTAヨガインストラクター養成講座終了

・全米エクササイズ&スポーツトレーナー協会認定解剖学講師

・日本タイ古式マッサージ協会認定講師

・総合学園ヒューマンアカデミー元トレーナー講師

・社会福祉士

など

【トレーナー歴17年】

プロフィール

1984年三重県桑名市生まれ。
中学生のころから健康分野に興味を持ち始め「健康・福祉」分野を学ぶため大学に進学。

大学卒業と同時に厚生労働省所轄の財団法人「健康・体力づくり事業財団」認定の健康運動実践指導者と国家資格である社会福祉士を取得。
その後は東海・関西地区の大手スポーツクラブで運動指導、スタジオレッスン、アクアビクスレッスン、水泳指導などスポーツインストラクターとして活動。

2010年には全米ストレングス&コンディショニング協会(NSCA)認定パーソナルトレーナー取得。
さらなる視野を広げるため福祉施設で高齢者の運動指導行い、夜はパーソナルトレーナーとして活動。特に自身の知識を磨くため数多くのセミナーから学んだヘルスケア指導は述べ1000名以上を超える。(当時)

2013年から三重県鈴鹿市でヨガスタジオの立ち上げと経営に携わりヨガのメソッドを学ぶ。
2015年からは自身の成し遂げたいことを叶えるためパーソナルトレーナーとして活動。

「精神的・肉体的な健康があっての楽しい人生なので、多くの人に人生を楽しく謳歌していただきたい」 

という想いを胸に、現在は日常生活を健康的かつ快適に過ごすためのカラダ作りのサポートをしている。

既存のクライアントとしては、経営者、医療関係者、同業種のパーソナルトレーナー、人気インスタグラマー、美容師、エステシャン、教師、ウェディングドレスをキレイに着たい女性など、主に40代の女性を中心に『美姿勢とシェイプアップ』を専門としたトレーニングし指導をし洋服をキレイに着こなすための身体作りをサポートしている。

スポーツクラブ時代と福祉施設時代から現在までのトレーニング指導述べ人数は30,000人以上

活動理念としては

「楽しい人生を過ごしていただくために、健康で元気な人を増やしていく」

そのために

・トレーナーや健康指導者に対しての講師活動

一般の方に対しての健康体操の普及活動 

・本の執筆活動


もしている。

著書 「スゴイ!健康習慣術」

【期間限定】

Amazonランキング1位書籍

メディア活動

四日市の魅力発信のPV 「サスティナブルー」の音楽体操の振り付けを監修させていただきました
「サスティナブルー」 みんなで素敵に簡単体操 
《振り付け編》
「サスティナブルー」 みんなで素敵に簡単体操
《振り付け解説編》

東海ラジオ出演

その他の活動風景

(トレーニング指導以外にも、イベントの出演・出張ヨガ・講師業・シニア向けサポート等もしてます)

萩野智之のポリシー10カ条

 第一条 一期一会(今日が最後の一日)
 第二条 チャレンジ(後悔しない)
 第三条 貢献と成長
 第四条 ワクワクを大切にする
 第五条 E=mc2(エネルギーは伝わる)
 第六条 夢は大きく、志は高く
 第七条 主体変容
 第八条 継続は力なり
 第九条 感謝の気持ち
 第十条 ライバルは自分(他人と比べない)

《ミッション》
「楽しい人生を過ごしていただくために、健康で元気な人を増やしていく」

萩野のこれまでのストーリー

この度は、数多くあるサービスの中でホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。

以下は私のこれまでの生い立ちと、弊社を立ち上げたきっかけをストーリ風で記しました。

少々長文にはなりますので、お時間のある時に目を通して頂ければ幸いです。

~出生から高校生活まで~

1984年9/13、三重県桑名市という場所で二男として生を受け継ぎました。

幼少時代の私はとても神経質な性格で、少しでも身体の調子がいつもと違うと『何かの病気になってしまったのではないか?』と疑い、一人で落ち込んでいることが多くありました。

3歳年上の兄の影響を受けて、小学校4年生から高校2年生まではサッカー部に所属し、サッカーの楽しさに夢中な日々を過ごしていました。

しかし、サッカーをするのは好きな自分でしたが、もともと私は身体能力が低く中高のスポーツテストでは成績が低いのがコンプレックスでもありました。

どれぐらい身体能力が低かったというと、

・小学校の運動会のかけっこでは常にビリかビリから2番目

・体育の個人種目はクラスの中でもビリに近い(跳び箱、走り高跳び、走り幅跳びなど)

・体力測定は、柔軟性と持久走以外はほぼ最下位に近いレベル

その理由としては、おそらく幼少期の頃は、自宅でテレビゲームばかりして身体を動かす時間が少なかったのが原因だったかなと思っています。

私とは対照的に兄は外で遊ぶのが大好きな性格だったためなのか、身体能力が高く、体育の時間や運動会、サッカーや陸上などで優秀な成績を修めていて、私は兄の沢山の賞状やトロフィーを羨ましく眺めていて、身体能力が低いというのがコンプレックスになっていました。

幼少期~高校性までに強く感じていた

・『神経質な性格で何かの病気になってしまわないか?』という気持ち

・『自分の身体能力を少しでも高めたい』という気持ち

が強くなり、「健康」・「スポーツ科学」の分野の仕事に興味を持ち始めました。

進学校であったため、周囲の友達は、金融関係、銀行関係、医療系、商社、国家公務員、大手の企業などの就職を見据えた大学進路の希望が多かったですが

「自分は好きな事、興味があることの仕事がしたい」

という理由で、身体能力が低かった私は自分なりにトレーニング・栄養学について学ぶ内に『自分が選手として活躍するのは能力的にも無理だけど、サポートする側なら自分でもなれる!』と感じトレーナーの職業に憧れを抱くようになりました。

トレーナーの職業について調べていくとトレーナーには大きく分けて2種類ありました。

・競技選手をサポートするアスリートのトレーナー

・スポーツクラブを利用されるお客様をサポートするトレーナー

昔から神経質な生活であった私は『健康があってこその楽しい人生』だと思っていたので『健康維持を目的に運動指導をするトレーナーになる』と決めました。

そして「スポーツ」や「健康」を深く学べる大学を志すことにしました。

~大学での生活~

どこの大学に入学したかというと、運動神経が低かった自分は実技試験がない大学しか受かることが出来ず、岡山の田舎にある吉備国際大学に進学し人生初めての一人暮らしを経験しました。一人暮らしは楽しく自由奔放に過ごしていましたが、食生活や不規則な生活が原因で、20歳の時に人生で初のアトピー性皮膚炎や鼻炎などで体調を崩す時も多々ありました。アトピーに関しては、ひどい時は体が痒すぎて夜も眠れない時もありました。

(下の写真にもあるように、社会人になり色々生活を変化させたら鼻炎やアトピーは嘘のように改善しました)

大学では健康スポーツ福祉学科という学科に属し大学4年間で健康運動実践指導者と社会福祉士の資格を取得しました。

~社会人としてスポーツクラブに就職~

「運動」と「健康」に携わる仕事をしたいということで、地元三重県のスポーツクラブ(アクトス)で就職し、スタジオレッスン、水泳指導、トレーニング指導などの経験を積まさせていただきました。

中でも『効率よくトレーニングする方法』や『腰痛や肩こりなどの予防や痛み改善するための身体の解剖学』などを学び、人体の面白さにどんどん引き込まれていきました。

あとは、『トレーニングを継続する重要性』を身に持って体験しました。

スポーツクラブクラブに入社して間も無い4月に体力づくりや精神面の強化を目的に『3ヶ月後の7月に1000mを20分以内で泳ぎきる』という課題が設定されました。課題をクリアするための練習方法は『途中で足をついてもいいから1週間に2000m泳ぐ』というものでした。

水泳経験者からみれば『そんなの簡単!』と思うかもしれませんが、当時の私は焦りに焦りました。私はまともに泳いだこともなく水泳に関してはほとんど泳げなかったからです。中学、高校とプールがなく、夏休みに市民プールや川などで友人たちと遊ぶ程度で泳ぐことに関しては全くのど素人でした。

案の定、課題が出された当日に泳いでみたものの、何とか25m泳ぐのが本当に精一杯でした。当然、水の中なのでほとんど息が出来ないので苦しくてたまらなく、完全に生き地獄でした・・。泳ぐ時間は勤務時間外で確保しなくてはならなかったので、出勤前の朝の7時頃や退社後の21時頃にプールで泳ぐことも多々ありました。始めは嫌で仕方なかったのですが、自然と50m、100m、250mと楽に泳げるようになってきました。(泳法を教えていただいたスイミングコーチのお陰も十分にあります。)

継続して練習した甲斐もあり、6月頃には1000mを19分を切って泳ぐことができるまで成長していました。1回でも000mを20分以内で泳ぎきることが出来てからは、ほぼ毎回20分のタイムを切ることができ、その時に『継続することの大切さ』を身に持って体験しました。

1000mを泳ぐ本番当日の朝、緊張はしていましたが、多分いつものペースで泳げば大丈夫だろうとリラックスして臨みました。

結果はまさかの500m途中で泳ぐのをリタイヤ・・・。

原因は自分が思っている以上に緊張していたためか、呼吸が浅く息継ぎが苦しく、惨敗の結果をまねいてしまいました。悔しくて悔しくて人前で悔し涙を流したのは今でも忘れません。こんなハズではないと自分に言い聞かせ、気持ちをリセットしてスタッフの皆が帰ってからの夕方、一人でタイムトライアルをしたのですが、タイムは『18分45秒』。嬉しい反面メンタルの弱さを痛感しました。

後日、スタッフの先輩の1人がメンタルのケアとしては、『上手くいっている自分を想像して行動するといいよ』とアドバイスをいただきました。

それからは緊張しそうな場面の時は上手くいっている時の自分を想像して行動してきました。それ以降も定期的に泳ぐようになり最終的には『17分20秒』まで記録を更新することができました。

・継続は力なり

・トレーニングに対しての努力は身体は裏切らない

・うまくいくためのイメージを持つこと

上記のようにスポーツクラブ時代の経験は私にとって貴重な財産となりました。ただ入社4年目頃から自分が思っていたスポーツクラブでの仕事の理想と現実のギャップに違和感を感じ「好きなことを仕事にするよりも、好きな事は趣味の方が良い」というマインドに落ち着くようになり、スポーツクラブを退職し社会福祉士として別の形で健康に従事した仕事転職しました。

~転職をして新しい職場(医療・福祉関係の仕事)へ~

新しい職場での業務は、福祉施設での事務作業、介護業、運動指導などでした。運動指導をしている中で90歳を超える方もたくさんみえており、長寿で健康である方の多くはウォーキング、柔軟体操など積極的に身体を動かすことを長年から習慣化していることが分かりました。

ですが、長寿で健康でありながらも、体のどこかは肩こり・腰痛・膝痛などの持病を抱えている人が多くみえました。主な原因としては高齢に伴い、筋力や柔軟性が低下 → 姿勢が崩れる → 身体に負担のある動きが長時間続き痛みの発症・・この連鎖で身体の不調を抱える人は本当に多くみえ、長寿で健康・元気でい続ける為には、筋力や柔軟性のバランスが大切だと改めて思いました。勤務内容、やりがい、給与、趣味の確保などを含めて、転職は正解だったと感じていましたが、スポーツクラブと医療・福祉施設での経験を通して『自分がもっとできることはないだろうか?』と考えるようになりました。

そして30歳で思い切って4年間務めていた社会福祉士で勤めていた職場を退職して、健康をコンセプトとしたパーソナルトレーナーの仕事を志すようになりました。

【社会福祉士として勤めていた時の健康体操】

~独立&ヨガとの出会い~

パーソナルトレーナーとして独立しながら、ご縁があってヨガスタジオの経営にも関わらせていただきました。色々なヨガのクラスを受けるにつれて、ヨガをすることで筋力・柔軟性・精神面の向上を実感し自身でヨガインストラクターの資格を取得しました。その後はヨガの取得以外にも、ストレッチの技術やファスティングなど健康に関係することを学びました。

~仕事への想いと40代からの運動が大切な理由~

これまでの経験を通じて印象に残っていることとして、スポーツクラブに通われている人たちと、福祉施設を利用されている人たちを比べると、年代は同じでもスポーツクラブに通われている人たちのほうが、明らかに元気度や健康度が高かったことです。あとは福祉施設を利用されている人が「もっと自分の健康に気を付けておけば良かった・・」、「残りの人生こんなハズではなかった・・」などと後悔の言葉を残す人が多かったです。スポーツクラブと福祉の施設を通じて独立をしてシンプルに「運動を通じて一人でも多くの人が健康で元気なカラダで楽しい人生を過ごしていただきたい」と思うようになりました。運動をするのは何歳からでも良いのですが、やはり遅すぎるよりかは、早い方が効果は得やすいです。

フレイルという言葉をご存じでしょうか?フレイルとは加齢に伴い、筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい、健康と要介護の間の虚弱な状態のことを言ったり、「要介護予備群」と位置づけられることもあります。フレイルのリスクが上昇していて、フレイルの一歩手前の状態が「プレフレイル」(フレイル予備群)で、プレフレイルは男女ともに40代以降で急増(40代で男女ともに約4割、50代で男女ともに5割超)しています。なので40代の頃からフレイル対策のためにも運動習慣は大切だと感じています。

※健康長寿ネットから引用

・健康であることの大切さ(健康とは心の健康や身体の健康がある)

・継続して運動すれば身体は想像以上に変化する

・なりたい自分をイメージして努力すれば人は変化する (願っているだけではなく行動する努力が必要)

・筋力や柔軟性の低下から姿勢が崩れ身体の不調を訴える人が多い

・身体を動かすことは健康につながる(運動のやり過ぎは逆効果を招く)

・ヨガによる肉体的・精神的への健康効果

・生涯健康でいるのには、40代からの運動習慣は大切

上記のことが分かりました。

・運動で自分が望んでいる体型に変わりたい

・体型や運動に対してコンプレックスを持っているけどなんとかして変化したい

・運動をきっかけに今よりも健康で元気になって人生楽しく過ごしていきたい

と望まれる方は、私、萩野が精一杯サポートさせていただきます。

ここまで長文をお読み下さってありがとうございました。